廃業した元サウナを、地域に憩いとシゴトと文化を生む場所に
- 所在地 神奈川県川崎市中原区新城
- クライアント 地主
課題・要望
クライアントは、地域でいくつかの事業を展開している地主さん。所有している元サウナ施設を取り壊してコンビニにする計画でしたが、「別の形での活用の可能性もあるのかどうか検討してみたい」とご相談に来られました。
before
提案
廃業した元サウナを、地域に憩いとシゴトと文化を生む場所に
場所は、溝の口と武蔵小杉のちょうど中間ぐらいにある武蔵新城。駅から徒歩3分ほどの距離にある、すでに廃業していた元サウナ施設を相続したクライアントは、既存建築を取り壊し、土地をコンビニなどに賃貸する検討を始めていました。
コンビニにするのでももちろんいいのですが……元サウナとして、大きな浴槽を備えてその重量に耐えていた堅牢な建物を壊すのには多大なコストがかかり、大量に出る廃棄物の処分コストもかかってきます。建物の解体に伴うCO2の発生など、環境負荷も懸念されました。また、クライアントは地域でいくつかの事業を展開しており、街にすでに多数あるコンビニよりも、より地域の人に喜ばれる事業や施設に活用した方が、地主としての地域貢献にも事業の利益にもつながるのではないかと考えました。そうした弊社の提案に触発され、クライアントはコンビニ活用案を撤回。既存建築を利用しながら地域貢献ができる施設に再生する方向で、計画を進めることになりました。
計画を具体的にしていくために、まず行ったのは「耐震診断」。その結果は想定以上に良いことがわかり、次いでこの建物を活用してできる事業の検討を進めました。
ここで私たちが大切にしたのは、「事業者目線の一方的な開発にしないこと」。私たちはこの街のことをよく知っているわけではなかったので、街に飛び込んで、地域の人のリアルな要望を聞くことにしました。クライアントが所有していた近隣の元ガソリンスタンドを会場にして、子どもが水遊びできるプールを開放しながら、ドリンクを提供するイベントを開催。リラックスした雰囲気の中、100件以上のアンケートを回収することができました。そこから見えてきたのは、文化的な施設が街に少ないことに対する地域の人々の潜在的な不満でした。加えて、子育て世代が特出して多いというエリアの特徴も見出すことができました。そうして、地域に暮らす20代〜40代の子育て世代をコアターゲットに定め、街の関係人口増加も狙った文化的施設を企画していきました。
『CHILL』は「飲食店」と「アーティストのアトリエ」という2つのコンテンツで構成されています。
3階の「飲食店」は、4店舗のフードコート形式を採用。常設店舗とシェアキッチン店舗で構成することで、テナント退去時のリスクの軽減を図りました。複数の人や飲食店が利用できるシェアキッチン店舗は、子育てで離職していた人や、趣味で料理やお菓子作りを極めている人、いつか自分のお店を持ちたいと思っている人のトライアルなど、街に埋もれているヒューマンアセットの掘り起こしにもつながっています。
また、常設店舗の運営とシェアキッチン店舗の運営は弊社が行っており、飲食店の売上を建物オーナーであるクライアントと分配する、レベニューシェアと呼ばれる成功報酬型の契約形態を取り入れました。通常のテナント貸しの場合は、建物オーナーはテナントの運営に関与しづらく、一方でテナントが退去した際の空室リスクはオーナーが負うことになりますが、レベニューシェアを取り入れることで、建物オーナーは運営を行う労力を回避しながら、運営者の一員として事業にコミットする構図が成立。レベニューシェアとシェアキッチン店舗、このふたつのしくみを組み合わせることで、運営のレジリエンスを高めました。
2階の「アトリエ」は、主に川崎市に縁のあるアーティスト達の活動の場として利用されています。私は前職時代、川崎市高津区で「おふろ荘」というアーティストたちの活動の場をプロデュースしたことがあり、川崎市内には多くのアーティストがいて、活動の場を求めていることを感じていました。ただアトリエや事務所としてのスペースを用意するのではなく、その場所だからこその価値を構築することで、長期入居や稼働率の高さを見込めると考えました。
そうして盛り込んだのが、「飲食店」と「アトリエ」をクロスさせる仕掛けでした。3階の「飲食店」へ行く際に2階の「アトリエ」を通る動線にして、その動線にアーティストの作品を展示できるスペースを設けました。「飲食店」を訪れる近隣の人にとっては「非日常の風景が日常の中に入り込んでいる」状態になり、それはこの場所へのワクワク感とその後の来場動機を生み出します。そしてアーティストにとっては、展示作品が多くの人の目に触れる機会が生まれ、セールスやプロモーションにつながります。「飲食店」と「アトリエ」の2要素を繋げつつ、その2つがある施設だからこその経済効果と、文化的価値の創造につなげました。
解体に莫大な費用と環境負荷をかけるのではなく、既存建物を利用しながら、”地域貢献”と”長期経済性”をバランスさせる事業を実現すること。クライアントは「地主としての社会的責務を認識してこそいたものの、それを具現化する術がわからなかった」と話していました。弊社としても、新しい不動産活用の形と地域貢献のしくみづくりに取り組むことができたプロジェクトでした。
2021年グッドデザイン賞を受賞
https://www.g-mark.org/award/describe/52927
担当:和泉直人
設計:合同会社ピークスタジオ一級建築士事務所 佐治卓
施工:株式会社NENGO
カフェ経営・全体運営 :bonvoyage株式会社
照明計画:有限会社DAIYU 大友恒人
全体アートワーク:WHW!
カフェ協力:ONIBUS COFFEE
映像作成:稲葉 啓太
ダンサー:水村里奈
写真:菅野葉菜
ペイント協力:浅賀剛(バービッシュペイント)